HMV online 2015/05/03

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HMV online 2015/05/03
インタビュー/文・構成:小浜文晶

近藤等則がスタンダードを題材にした新しいアルバムをリリースする。
と、訊けば誰もが「え!? あの近藤等則が?」と一瞬耳を疑うかもしれない。かくゆう僕もそのクチだったが・・・届いた音を聴いてすべてが逡巡なしに納得できた。この危うい官能さを纏ったトランペット、あるいは煩悩をくすぐる音楽の濃艶こそが近藤等則そのものだったんじゃないかと。
1993年、疲弊したコンクリート・ジャングルに別れを告げ、ひとりアムステルダムの地に降り立ち、その道すがら世界を股にかけながら大自然と対峙。「Nature」×「Spirit」×「Technology」の三位一体。まさしく近藤等則ならではの体を張った大仕事だ。
ここで想像してみた。牙をむく大自然と取っ組み合ったのち、傷だらけの電化ラッパ吹きは家路に着いてまず何をしたかったのか? 靴を脱ぐ間もなく、温かいスープにありつく間もなく、この電化ラッパ吹きは残る力をふりしぼって、しかし途方もなく甘く儚げに、帰りを待つ彼女の前で求愛のメロディを一席ぶった。そんな物語の一遍が素敵にダブワイズされながら脳裏をかけめぐる。千の言葉を以てしても足りないムードと余韻がそこにはあって。
アムステルダムから帰国して早3年。このたび6年ぶりのアルバムにして、キャリア初のスタンダード集『Toishinori Kondo plays Standards~あなたは恋を知らない』をリリースする近藤等則さんにお話を伺ってまいりました。
インタビュー/文・構成:小浜文晶

どうせやるんだったら近未来的なスタンダードをやってやろうって。女のコと宇宙空間に遊びに行くような感じのさ(笑)。

— 4/22発売のアルバム『Toshinori Kondo plays Standards~あなたは恋を知らない』は6年ぶりのアルバムになるわけですが、近藤さんは、ご自身のウェブサイト「TOSHINORI KONDO RECORDINGS」で様々なダウンロード音源を配信されていますよね。今回はCD、フィジカルでのリリースとなります。

CDにはCDの、配信には配信の役割がそれぞれあると思ってるから、どちらかに偏るっていう発想は一切ないよ。基本的に今回のアルバムは、2003年の1月にアムステルダムで録音しているから、音源自体はもう12年も前のもの。

— ちょうど、栄芝さんとの『The 吉原』の制作と同じ時期にあたりますよね。

こっちを先に作って、そのあとに『The 吉原』。それまでの10年間は、「地球を吹く」と題して、世界の大自然の中でエレクトリック・トランペットを吹き続けてきたんだけど、そのプロジェクトが、2002年ぐらいに自分の中で一旦落ち着いた。あとは、開発に勤しんでいたエレクトリック・トランペットが、だいぶ自分のイメージする音に近くなってきた。この2つのことが大きなきっかけになって、ちょっと毛色の違うレコーディングを始めたいなと思った。

そこでひとつ閃いたのが、ジャズ・スタンダードのラヴソングをエレクトリック・トランペットの音色で吹いたら、もっとセクシーなものになるんじゃないのかなと。同時に、日本のスタンダード・ラヴソングでもある小唄や端唄も、自分流のエレクトリックで演奏してみたいと。栄芝さんのリサイタルを観たときにそう思った。だから、2003年は日本と海外のラヴソングを同時に録音したことになるんだね(笑)。

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栄芝 / 近藤等則 『The 吉原』
“日本の伝統端唄、小唄という自然観、無常観にもとずいたラブソングにほれ込んだ近藤等則と現代のテクノロジーが融合。当時のCDのライナーノーツにも、「日本音楽のルーツも知らないでインターナショナルな音楽を作れるはずがないという意識と共に、何かDNAレベルで魅かれるものがあったのです・・・」と、全曲のプログラミングを手掛けた近藤自ら、端唄・小唄という”ジャパニーズ・スタンダード”に対する熱い想いを書き綴っている。バックはこの時期演奏を共にしていたFREE ELECTROの面々。常にアグレッシブな音楽活動をする近藤と栄芝流家元・栄芝による世界へのメッセージ。粋&艶やかな伝統にテクノロジーを乗せるとこんなにもポップになるのだ。”

— 初のスタンダード集になりますが、いずれはこうしたスタンダードをまとめて録音しておこうと思われていたんですか?

 うん。俺は、トランペットは中学の頃から吹いていたけど、ジャズの“物真似”を始めたのは大学に入ってから。当然その頃は習作としてスタンダードをよく演奏していた。マイルス・デイヴィスがやった「My Funny Valentine」とかね。ただ、プロとしてのスタートはフリージャズで、長らくそういう活動が中心だった。でもスタンダードのメロディは大好きだから、いつかレコーディングできたらいいなって思っていたのはたしかなんだけど・・・

 今も昔もスタンダード集って数多出てるよね。でも、ほとんどがアコースティックでしょ? DJやトラックメイカーの作ったビートを使って、しかもエレクトリックで演奏しているものなんてひとつもなかったから、「つまんねぇなぁ」って(笑)。だから、どうせやるんだったら近未来的なスタンダードをやってやろうって。女のコと宇宙空間に遊びに行くような感じのさ(笑)。

— (笑)まずはエレクトリックありきで。

 具体的には、2002年ニューヨークのライヴで、半分冗談でスタンダードを演奏していたときに、友人が「It’s great! It’s a space standard!!」って絶賛してくれて、そこで乗せられたというかね、もう翌年にはエラルド・ベルノッチをイタリアから呼んで作り始めていたから。イタリア人のエラルドは、何と言うか・・・すごく“イタリア人“なんだよね。イギリス人みたいなハードコアなビートは作れないけど、逆にイタリア人特有のC調な色気がトラックにある。だから、スタンダードをやるにはどんぴしゃだった。

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チャージド (Charged)
“近藤等則、ビル・ラズウェル、エラルド・ベルノッチによって結成されたユニット。イルビエントなビートメイキングを身上とするベルノッチによるミニマル、ダーク&ダビーな空間(オケ)を漂白するように響く近藤のミュート・トランペット。ラズウェルは、地を這うように重厚なベースラインをスラップで乗せながら全体のサウンドをレイヤリング。一聴してそれと分かるPIL~ブリストル・サウンド経由のメタリックなテクスチャを、シンプルながらも上質で、ニューヨーク・アンダーグラウンドの猥雑さをも纏ったエクスペリメンタル・ミュージックとして昇華している。1999年に初アルバム『Charged(遍照)』を、また2002年にライヴ・アルバム『Charged Live』をリリースしている。写真は『Charged』のR&S Records盤。”

 名曲と呼ばれるスタンダードのメロディっていうのは、大体1950年代に生まれている。アメリカが精神的に最も豊かだった時代。いいメロディがたくさん生み出されたのも納得できるよ。それからどんどんメロディが・・・俺なんかからしてみればピンと来ないものになっていった。日本の歌謡曲にしてもそうだよね。中村八大さんが作った曲には素晴らしいメロディがあった。八大さんはジャズのピアニストでもあったから、スケールをちゃんと理解していた。その後ロックの連中が歌謡曲を作るようになって、さらにシンガー・ソングライター・ブームなんかが来てメロディが大きく変わってくる。でも、俺はやっぱり八大さんや八木正夫さんのような人たちが作ったメロディが好きなんだよ。

 とはいえ、ただ単に残すんだったら、アコースティック・ジャズの連中が散々やってるからね。俺はもっと別の形で・・・そもそも音楽って雰囲気じゃない? 例えば、CDやレコードをかけて部屋の空気が一変する、それが気持ちいいんだよね。だから、アコースティックで頑張って再現するより、エレクトリックをうまく使って演奏した方がまるっきり違う雰囲気が生まれてくると思うんだ。俺はそれをやりたかったわけ。アドリブの妙を聴いてくれとか、別にそんなことはどうでもよくて、小さな音でもいいから、それで確実に部屋の雰囲気や聴いてる人の気持ちが変わってくれればいいなって。で、最終的に女の子が「私を宇宙に連れてって」みたいなムードになれば最高(笑)。

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photo by MOTO UEHARA

— 今回採り上げられているアントニオ・カルロス・ジョビン「イパネマの娘」などは、ボサノヴァがポピュラーになってきた時代を象徴するような1曲ですよね。ボサノヴァや、それこそジャズに限らず、ビートルズ、プレスリー、アメリカン・ポップスのメロディーなども、近藤さんの中ではひとつのスタンダードとして体にしみついているものなんじゃないですか?

 「黒いオルフェ」とどっちにしようか最後まで迷ったんだけどね。当時、高校生ぐらいだったと思うけど、ボサノヴァもよく聴いてた。そもそも中学生のときに、親父にトランジスタ・ラジオを買ってもらって、それ以来毎日「FEN」(Far East Networkの略。在日米軍向けのラジオ放送)ばっかり聴いてたから。ビートルズも「My Bonnie」をFENで聴いて初めて知った。どちらかというと、俺はストーンズの方が好きだったんだけど。でも、それよりもジャズやラテンの方がかっこええな、とか(笑)。

 あと、ブラスバンド部だったから、「アメリカン・ポップス」っていう譜面が付いたソングブック、それに載っている曲を学校帰りにみんなで歌ったりしてね。「砂に書いたラブレター」とかさ(笑)。だから、50~60年代のアメリカン・ポップスもスタンダードもいっぱい聴いた。スタンダードって歌詞も粋でファンキーなんだよね。「Summertime」には、「お父さんはお金持ち、お母さんは美人。だから坊や、泣くのはおよし」っていう歌詞があったり、「実にアメリカ人的やなぁ」って感心させられる(笑)。

— 「Blue Monk」も近藤さんらしいダビーで“打ってる”アレンジ。

 セロニアス・モンクは、ジャズに熱中し始めた頃に大好きになったミュージシャンのひとり。モンクのリフやメロディは、4ビートじゃなくてもマッチするものだと俺は思っているから。「Reflections」でも「Brilliant Corners」でも、モンクの曲を全てオリジナルとは違うビートでやったら絶対面白いものになるはず。

— たしかにブレイクビーツなどとの相性は良さそうですね。

 20世紀におけるジャズの作曲家の中では、デューク・エリントンがダントツだけどね。今回はたまたま「In A Sentimental Mood」になったけど、本当は「Sophisticated Lady」だったり、他にもやりたい曲はあったんだよ。実際、選曲にしてもそんなに熟考したわけじゃないから。ただ、ラストの「What A Wonderful World」だけ、2014年のレコーディング。実は2003年に録ったテイクが気に入らなくて、このアルバム用に吹き直したわけ。どうしても最後はこの曲で終わりたかった。

 レコーディングをしていた時期っていうのは、アムステルダムに住んでちょうど10年目。だから、ヨーロッパの雰囲気が自分の中にすっかりしみついている頃。逆を言えば、これは東京の雰囲気じゃないってことになるね。

— オランダ、あるいはアムステルダムの雰囲気というのはどういう感じなんでしょうか? 土地柄や街並みだったり。

 歴史的な背景から話せば、17世紀、世界経済の中心はしばらくオランダのアムステルダムにあったわけね。大航海時代の東インド会社然り、要するに商人が作った街。パリ、ベルリン、ロンドンのような王様の街ではなかった。

 1600年頃には、デフリーデ号っていうオランダの帆船が日本の九州に漂着したんだけど、あれもロッテルダムから三隻の船が日本を目指して出航したにも関わらず、結局無事に辿り着いたのは一隻だけ。残りは沈没。そのことをオランダ人に訊いてみたんだよ。そうしたら、「三隻出航しても、帰ってくるのは毎回一隻だけ」だって。三分の一は沈没、三分の一は漂着した現地に残る。300人行ったら、無事に帰ってくるのは100人だけ。そんなことを延々とやっていた国民だから、性格的にもえらいサッパリしていて(笑)、ガツガツしていないというか、街全体もすごく落ち着いているんだよね。とにかく一人になりたかったから、ストレスのない街に住みたかったのはある。

— アムステルダムの街の雰囲気や生活環境が音作りに大きく影響していったりも。

 例えが適当かどうかは分からないけど、画家のヴァン・ゴッホは、故郷オランダの光じゃ物足りなくて、南フランスに移住して絵を描き続けた。でも最晩年は、もう一度オランダに戻ってきたらしいんだよね。オランダの光ってどこか独特なんだよ。淡いんだけど、吸い込まれるような気持ちよさがあって。だから、今回のスタンダードにしても、そういう部分から影響された音作りになっているのかもしれない。

— その結果、「女の子の耳元でささやくようなプレイになった」と。

 まさしくそういうことなんだけど、でも“マリアさん”のためではないからね。お母さんの耳元でささやいてもさぁ(笑)。他の言い方をすれば、愛し合ってるカップルが、どこか落ち着いた空間にいるときに流れたら気持ちいい音楽。そういうイメージ。・・・でまぁ、これは余計なことかもしれないけど、何だか最近の男って色気がないよね(笑)。

— (苦笑)

 いや本当。これは別に、女性との付き合い方云々っていうことだけじゃなくてね。例えば、どこかの総理大臣にしても、野党がちょっと騒いだだけで、クソ真面目に答弁して余計なことまで喋っちゃったりしてさ(笑)。色気のある男だったら、ちょっとしたユーモアで軽くすかしたりできるはずなんだよ。そういう意味での男の色気は必要だと思うけどね。

 これはジャズのプレイヤーにも言えることで、ただ音を張り上げたり、必死になって吹いているトランペッターって山ほどいるけど、マイルスやチェット・ベイカー以上にクールに吹いているヤツはひとりもいないからね。かといって、フリージャズ全盛期のように強烈にぶっ放すヤツもいないし。いずれにせよ今回のアルバムに関しては、色気という点でも、男はもちろん、女性の感想もすごく聞いてみたいね。 

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photo by MOTO UEHARA

— アムステルダムから戻られて3年が経ちますが、ジャズに限らず、現在の日本の音楽シーンをどのようにご覧になられていますか?

 もったいないなぁってまず思うね。日本のミュージシャンってすごく能力が高いのに、いつまでもひとつの枠や型にはまっている印象。それを破って次の新しい物を作ろうっていう動きがあまり見られないというか。別の見方をすれば、その結果、昨今世界経済で問題になっている、「1%の富裕層が世界の資産の半分以上を保有している」みたいな現象が起きているんじゃないかって。

— 富の極度集中。いわゆる「格差社会」?

 うん。音楽シーンもよく似ているよね。武道館やドームに人を集めることができるのはほんの一握り。残りは、よくてホールかライヴハウス。むしろ音楽の方が、格差社会が先に始まっていたんじゃないの(笑)。でも、そこにこそ大きなチャンスがあると俺は思ってる。一旦更地になったところに、これからどういうビルを建てるかという部分でも。

 昔なら、ニューヨークに「ジャズ」という名の巨大なビルがあって、ロンドンに行けば「ロック」というビルがあったんだけど、それがいま現在取り壊されて、まったくの更地になっている、少なくとも俺にはそういう景色が見える。ということは、「1%の富裕層」以外のミュージシャンたちにとっては、新しいビルを建てる、新鮮な音楽を創る最高のチャンスなんだよ。 

— 昔より、表現の場としてインターネットが広く普及したのは、ミュージシャンにとっては喜ばしいことですよね。大きなチャンスのひとつだと思えますし。

 まぁ、ツールにしても使いようだけどね。ただ、ネットでフリーダウンロードが一般的になったからといって、音楽ソフトが売れなくなった理由にはならないと思うし、そんなことを嘆く暇があったら、ネットをもっとうまく利用してCDが売れるように工夫しないと。

 ネットに関して言えば、結局スティーヴ・ジョブスひとりに世界の音楽業界はやられてしまった感があるんだよ。世界中のレコード会社がiTunesに楽曲を提供した結果、音楽市場・産業のパワーバランスがぐちゃぐちゃになった。但し、そこに新しいビジネスモデルが生まれた。ジョブスの狙いどおりだったんじゃない? いかに彼が賢かったかということだよ。

 「なぜ音楽が売れなくなっていったのか?」というのを考えたとき、そこにいくつも理由が挙げられるよね? 色んな人の見解があって、そのどれもがごもっともだとは思うけど、でもいちばん大きな理由を誰も言わない。 「今の音楽がつまらなくなった」って。元凶に触れないなんて、単なる言い訳に過ぎないんだよ。

 もちろん、新しい音楽を作ってもメディアを介して人目に触れなきゃ広まらないのは当然なんだけど、とにかく我々ミュージシャン側からしてみれば、次の物をどんどん生み出していくしか策はないわけ。一瞬たりとも安泰することができない。車のイノベーションにしても、トップのTOYOTAはもう次の時代を見据えて燃料電池自動車の開発に勤しんでいるぐらいなんだから。音楽産業だって同じ、いや、それ以上にがむしゃらにやらなきゃいけない時期にきてると思うよ。できなきゃ没落の一途。それが資本主義の掟だからね。

— ヨーロッパの若いミュージシャンやリスナーはその点も含めてどうですか?

 どうだろうなぁ・・・まぁ、日本人みたいに朝から晩まで携帯電話とにらめっこしてるヤツはいない(笑)。あそこまで極端にネットワークに管理されているような雰囲気はないね。何をするにしても、健全なディスカッションが常にあるよ。

— 去年『Creatures』で共演していたローン(RONE)なんかもユニークなアーティストですよね。

 それまで彼のことは知らなかったんだけど、去年の夏頃にFacebookを通じて知り合った。突然向うから、「トラックでラッパを吹いてくれ」って連絡がきて。送られてきた2トラックがすごく面白くてね。すぐにトランペットを入れて送り返した。こういうネットでのやり取りが、昔より格段にスムーズになったのはいいことだよね。

Creatures
ローン 『Creatures』
“『Spanish Breakfast』(2009年)と『Tohu Bohu』(2012年)で、フレンチ・エレクトロニカ・シーンにおける鬼才としての地位を確立したローン(Rone)ことエルワン・ キャステクスが、4作目となる待望のフル・アルバムをリリース。フランスの国民的歌手エティエンヌ・ダオーにリミックスを提供し、USインディー・エレクトロニクス名門<Ghostly International>の看板アーティストのひとりコム・トゥルーズとツアーを共にするなど、さらなるキャリアの飛躍を成し遂げたローンが、2015年新たにエレクトロニカ・シーンを震撼させる作品を完成させた。「Acid Reflux」に近藤等則が参加している。 ”

 友人の若いDJには、「おもしろいトラックがあったら何でもいいから持ってきてくれ」っていつも頼んでる。そういえば、この間フライング・ロータスの新作も聴いたな。正直、前の方が好きだったけど(笑)。そういう具合に、いいトラックが見つかったら、すぐにトランペットを入れて、「俺のラッパ好きか?」って音データをネットで送る。そこで意気投合したらすぐに1曲できちゃうわけでしょ。いい時代だよ。最近はFacebookのおかげで、結構色んなヤツからトラックが送られてくるようにもなってきたから。

— フライング・ロータスとの共演の可能性もあったんですね。

 去年来日していたときに、彼のマネージャーが会いに来たよ。ビートインクを主宰しているレイ・ハーンは、昔俺のマネージャーをやってたから、その関係で。そのとき、「サンダーキャットっていうすごいベーシストがいるから、よかったら今度紹介するよ」って言われたっけな。

— 水面下でそんなプロジェクトが(笑)。サンダーキャットとの共演もいずれは観てみたいですねぇ。今はそうして、あらゆるツールを駆使しながら、新しいサウンドを常に追い求めているわけですね。

 20年前、「地球を吹く」プロジェクトのスタートに際して、21世紀の音楽を模索しはじめた。つまり1995年頃、俺個人としては、音楽全てがつまらなく感じてしまったわけ。

— とあるインタビューでは、「大都市のヴァイブレーションが悪くなってきた」と。

 まぁ端的に言えば、ネタが尽きてきた。ジャズ、ロック、パンク、ポップスにしても、出てきた頃の新鮮さがどんどん失なわれていって、それがどんづまりのところまできた。新鮮さが失なわれて飽きられてしまうというのは、ある種自然の流れではあるんだけれど、お客さんよりも先にミュージシャンが飽きてしまった状況だったんじゃないかなと(笑)。ただ、俺はそこにチャンスがあると見た。だから20年近く、自然と対峙してトランペットを吹いてきたわけ。

 21世紀に音楽を作るときのキーワードは、「ネイチャー」「スピリッツ」「テクノロジー」。これが三位一体になったところで、次の音楽がイメージされて作られるんじゃないかなって。その中で、20世紀の音楽に最も欠けていたのが「ネイチャー」の部分。音楽は人工都市、大都市の中でずっと作られてきたから。たしかにある時期までは、大都市で作られることがインスピレーション的にもよかったというのはあるけど、90年代に入ると、都市から得られるイマジネーションをもう使い果たしちゃったんだよね。と同時に、都市がどんどんお金を生み出す為だけに機能する装置みたいに変化していった。

— 80年代まではそうではなかった?

 まだそこに、人間の魂を解放する空間があったと思う。でも都市にイマジネーションがなくなって・・・そこで自然の中で吹いてみたら何か見つかるかもしれないと思ってアムステルダムに行った。しかもエレクトリック・トランペットでね。それが「テクノロジー」ということ。音楽の進化というのは、言わばテクノロジーの進化の歴史だからね。ジミヘンにしても、フェンダーのストラト・ギターとマーシャル・アンプに出会っていなかったら、どこか片田舎のブルース小僧で終わっているわけだから。

 「ネイチャー」に関して言えば、現代日本人が忘れてしまっている部分が多々あって。縄文時代から日本列島に住んでいた日本人は、ある時期まで自然との付き合いをきちんと行なってきた。これは他の民族と比べても珍しいこと。日本の自然は、昔から本当に恵みが豊か。海に行けば魚は獲れるし、山に行けば木の実はあるし。その中で時折、火山の噴火や地震が起こる。日本人はそうした自然の両面をずっと体験してきた。つまり、自然をコントロールするという発想じゃなくて、どうやってうまく対峙して共存できるかを考えてきた民族でもある。だから、ほとんどの祭の起源は、自然の恵みへの感謝だったり、自然災害に対する鎮魂や後世への伝承だったりする。例えば、富士吉田の浅間神社、そこの神輿には噴火している富士山のオブジェが乗っているぐらいだから。

 さらに言えば、広島と長崎に原爆が落とされたときも、当時アメリカの連中は「50年はそこに人が住むことはできない」なんて言ってたけど、全くそんなことはなかった。このこと自体、日本の自然や地理的環境に感謝しなきゃいけないことでもあるんだよね。

— 日本の自然は想像している以上に治癒力が高かった。

 でも、そろそろ我々人間も反省しないと。自然から搾取するにしても、さすがに許容値があるから。東日本大震災が起こったときもそうだけど、「自然の力は恐ろしい」ということだけで終わっているわけでしょ。そうじゃなくて、「我々はこんなに恵まれた国土で暮らしているんだ」という認識を持たないと。

 仏教が日本に伝わってきたとき、最澄が「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」という言葉を残している。人間だけじゃない、山も川も草木もすべて成仏するんだって。これが、日本人が仏教を採択したひとつの結論でもあるんだよね。中国やインドの仏教にはない思想。つまり日本人は、大自然の恵みの中で生きていることに対する感謝や敬意を、心のいちばん奥深くに元来持っている民族でもあるということ。俺も、「地球を吹く in Japan」をしばらくやったことで、頭だけじゃなくてそれを体でリアルに感じることができたんだよ。

— では最後になりますが、6/29には、『Toishinori Kondo plays Standards~あなたは恋を知らない』のレコ発ライヴが予定されているんですよね。

 うん。ただアレンジは全部変えようと思ってる。フォーマットもどうしようか考えてるところ。いずれにしてもライヴだよね。テレフォン・セックスもいいけど、やっぱりリアル・セックスには敵わないよ(笑)。

【取材協力:プランクトン 】

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「Toshinori Kondo plays Standards~あなたは恋を知らない」
リリカルでロマンティックな近未来ジャズ。キャリア初の全曲スタンダード・アルバム。
2015年4月22日発売/定価2,800円+税(税込3,024円)
VITO-124

近藤等則ライヴ
“~Toshinori Kondo plays Standards~あなたは恋を知らない”

2015年6月29日(月)18:30開場/19:30開演
渋谷クラブクアトロ
前売¥5,000/当日¥5,500
(税込・整理番号順入場・1ドリンク代¥500別)
セット券:《CD+チケット》=¥7,500(¥8,024のところ)
※取り扱い:プランクトンのみ
www.plankton.co.jp/kondo/live.html
●プランクトンチケット予約:03-3498-2881(平日11~19時)
一般チケット発売日:4/25(土)より
※チケットぴあ、e+、ローソンチケット、渋谷クラブクアトロ店頭

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